尼崎平和無防備条例ブログBBS
25854

尼崎市に平和無防備条例をめざす会ブログ掲示板(BBS)です
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疑問・指摘に答えて(3)(2)(1)について  
→ 矢馬一郎
2010/11/21 (Sun) 23:28:02 No-12930311
疑問・指摘に答えて(3)(2)(1)について  

矢馬一郎
先ず、最初に、総括的に述べておきます。この運動では、第一追加議定書に関し、特殊な解釈が行われており、そのような特殊な解釈をおこなうことをなんとも思わない体質があるのではないかと思っています。

運動参加中から疑問を呈してきましたが、結局、納得する説明を受けるに至らず、私は運動をやめました。

疑問・指摘に答えて(3)について
http://peacewave.bbs.fc2.com/#10075295

疑問・指摘に答えて(2)について
http://peacewave.bbs.fc2.com/#10075287

疑問・指摘に答えて(1)について
http://peacewave.bbs.fc2.com/#10075275
 

→ ブログ管理人
2010/11/22 (Mon) 00:40:38 No-10075268
 論議の経過を分かりやすくするために、矢馬一郎様の反論は、各スレッドに載せさせていただきました。
 




疑問・指摘に答えて(4)
→ ブログ管理人より Site
2010/11/20 (Sat) 01:12:11 No-12927952
 無防備地域宣言運動は、自衛隊を認めないための運動だと思っていたのに、宣言するために自衛隊の合意が必要だというのなら、結局、自衛隊を認める運動ではないのか、という批判もいただきました。

⇒“自衛隊の強化をとめたい”“住宅地に自衛隊が配備されることに反対である”という思いでつながっています。

 運動現場においては、“自衛隊そのものが違憲である”“武器はいらない”という考えをもっている方が、条例制定運動に参加・協力しています。
 ジュネーブ諸条約第1追加議定書は、現実的な措置として侵略行為など武力行使が起こった場合の文民保護・軍民区別などを規定されています。それは、戦争違法化の努力をしてきた人類の歴史の一貫であり、侵略行為など武力行使を正当化したり認めたりするものではないことは、すでに述べているとおりです。
 日本国が、2004年に追加議定書を批准したことについても前進だと考えています。そのことも踏まえて、当会は、現実的な措置して、軍民分離(住宅地と軍隊とを離れさせること)ことをうたった条例の制定を求めています。
 自衛隊に関しては、自衛隊が無防備地域宣言に合意することに意義がある、ともいえます。これは、自衛隊が住宅地を戦場にしないという合意でもあるわけですから。

 私は、自衛隊廃止運動などを否定するつもりもありませんので、創意工夫のある運動をされたらいいと思います。運動をせずに批判だけをしていても前向きな話にはなりにくいものです。
 運動のやり方に違いがあっても、運動の方向性が同じものについては、それぞれ尊重し合い、ときには協力し合う事が大切だと思います。
 



疑問・指摘に答えて(3)
→ ブログ管理人より Site
2010/11/20 (Sat) 01:02:50 No-12927944
 ICRC(赤十字国際委員会)のコンメンタールには拘束力がないので、それを基に論議をしてもしかたがない、というような意見がありました。

⇒ジュネーブ条約追加議定書は、ICRC(赤十字国際委員会)の草案に基づいて作成され、国際人道法会議で採択されたものです。ICRC(赤十字国際委員会)のコンメンタールは、草案者による(採択された議定書の)“条文解釈”ということになります。

 例えば、日本でも、法律を施行する際に関係省庁から「通知」が出されることが多いですが、法的には「通知」に拘束力はありません(法律の範囲内であれば「通知」の通りにしなくても違法ではありません。実際、裁判で「通知」が変更されることがあります)。しかし、「通知」は、法律の施行・運用において、実際かなり強い拘束力を有しています。
 国内法と国際法関係とは当然違いますが、ICRC(赤十字国際委員会)のコンメンタールも実際上の拘束力を有していると考えます。逆に、コンメンタールは法的な拘束力がないから無視してもいい、と言うほうが現実的でないと考えます。
 ジュネーブ条約追加議定書の解釈を紛争当事者まかせにしてしまうと、敵対する紛争当事者の立場の違いによって解釈のしかたも対立することが十分考えられます。立場の違いを超えて、共通する解釈として最も有効なのはICRC(赤十字国際委員会)のコメンタールであることは明らかだと考えます。
 

→ 矢馬一郎様の反論
2010/11/22 (Mon) 00:44:51 No-10075295
ブログ管理人様ご意見
「ジュネーブ条約追加議定書は、ICRC(赤十字国際委員会)の草案に基づいて作成され、国際人道法会議で採択されたものです。ICRC(赤十字国際委員会)のコンメンタールは、草案者による(採択された議定書の)“条文解釈”ということになります。」

矢馬一郎の反論
ご承知と思いますが、「議定書の詳しいものがコメンタール」ではありません。コメンタールは、第一追加議定書と矛盾した(草案者の希望を含む)内容を含んでいます。

「赤十字の草案には含まれていたが、協議と妥協の結果削除されたアイディア」など、否定された赤十字の理想論が、コメンタールの中に含まれているはず。

当然、締約国にコメンタールの順守義務はありません。

「コンメンタールに拘束力がないから尊重しなくてよい」とは言えませんし、尊重することに反対するつもりもなく、「それをもとにして論議をしても無意味」とは言えません。

しかし、この運動で、コメンタールに拘束力があると受け取れる主張をして(知識不足の)協力者を誤解させるようなことをしてはいけないと思っています。


ブログ管理人様ご意見
「コンメンタールは法的な拘束力がないから無視してもいい、と言うほうが現実的でないと考えます。」

矢馬一郎の反論
「拘束力が無い=無視」とは言えません。「尊重・参考・予備知識扱い」等の様々な場合があり得ます。

ブログ管理人様ご意見
「立場の違いを超えて、共通する解釈として最も有効なのはICRC(赤十字国際委員会)のコメンタールであることは明らかだと考えます。」

矢馬一郎の反論
紛争当事国が、自発的にコメンタールを参考にして協議することがあるとすれば、私も含め他人がとやかく言うことではありません。自国に不利になる場合、紛争当事国が、(拘束力のない)コメンタールを支持するとは思えませんが。
 


→ ブログ管理人より
2010/11/22 (Mon) 01:47:45 No-10075536
何らかの紛争が起こった場合の、国際的な監視・圧力についての視点が抜けているように感じます。
国際的に共通する解釈として、最も有効なのはICRC(赤十字国際委員会)のコメンタールであることは明らかだと考えます。それを、紛争当事国は全く無視できないはずです。
そういう意味において、コンメンタールは実際上の拘束力を有している、と考えています。
 


→ 矢馬一郎
2010/11/25 (Thu) 21:44:44 No-10098922
ブログ管理人様ご意見
「国際的に共通する解釈として、最も有効なのはICRC(赤十字国際委員会)のコメンタールであることは明らか」

矢馬一郎の反論
あくまでも第一追加議定書が基本です。「第一追加議定書とコメンタールの間に矛盾が無い場合、参考にする」程度ではありませんか。
蛇足ながら、前回コメントに書きましたが、「議定書の詳しいものがコメンタール」ではありません。コメンタールは、第一追加議定書と矛盾した(草案者の希望を含む)内容を含んでいます。「赤十字の草案には含まれていたが、協議と妥協の結果削除されたアイディア」など、否定された赤十字の理想論が、コメンタールの中に含まれているはず。当然、締約国にコメンタールの順守義務はありません。


ブログ管理人様ご意見
「紛争当事国は全く無視できないはず」「実際上の拘束力を有している、と考えています。」

矢馬一郎の反論
あくまでも、第一追加議定書を守ることが基本です。なぜ、コメンタールが最高法規ででもあるかのようにこだわるのですか。拘束力があるという根拠もありません。「実際上」という表現自体もあいまいです。国際的な圧力があると言っても、第一追加議定書を守ることが基本です。順守義務のないコメンタールについては「無視できない。参考にする。国によって尊重の仕方が異なる。」ということではありませんか。
貴方や無防備地域宣言運動関係者が、「実際上の拘束力を有していると考える」だけなら勝手ですが、「赤十字国際委員会のコメンタールどおりジュネーブ条約を忠実に理解しなければなりません。(全国NET)」などと主張するのは間違っています。
 


→ ブログ管理人
2010/11/26 (Fri) 00:10:38 No-10100033
『コメンタールが最高法規であるかのように』考えていません。
『コメンタールについては「無視できない。参考にする。国によって尊重の仕方が異なる。」』については、そうだと思います。

簡単に言うと、相違点は、
住民保護が問われる事項で、
適用される国際法を各国が自分の都合のいいように解釈することをできるだけ尊重するのか、
それとも、赤十字コメンタールをできるだけ尊重するのか、
という違いですね。
 


→ 矢馬一郎
2010/12/01 (Wed) 19:31:24 No-10131011
ブログ管理人様ご意見
「簡単に言うと、相違点は、住民保護が問われる事項で、適用される国際法を各国が自分の都合のいいように解釈することをできるだけ尊重するのか、それとも、赤十字コメンタールをできるだけ尊重するのか、という違いですね。」



矢馬一郎の反論
私は、「各国が自分の都合のいいように解釈することをできるだけ尊重」すべきか、「赤十字コメンタールをできるだけ尊重」すべきかということを論じているのではありません。前回コメントについて反論も同意もないのは残念です。

「すべての第一追加議定書締約国は、(コメンタールの順守義務はないが)第一追加議定書について順守義務がある」ということをお判りでしょうか。

なぜ、(コメンタールと無関係に)第一追加議定書を守るということが、即「自分の都合のいいように解釈できる。」と、あたかも「誰でも好き勝手な判断ができる文書」であるような認識をしているのはおかしくないでしょうか。

本来、前線指揮官でも、第一追加議定書だけで迷いなくブレない人道的判断ができるのでなければ困りますよね。そうでなければ、戦場で人道法を、実行できないのではありませんか。

前回コメントにも書きましたが「赤十字国際委員会のコメンタールどおりジュネーブ条約を忠実に理解しなければなりません。(全国NET)」などと、あたかも拘束力があるかのように主張するのは根拠が無いと言っているのです。

このような間違った説明を積み重ねないと反戦運動はできないのかと、その姿勢に疑問を呈しているのです。

赤十字コメンタールを「尊重」することに反対しているのではありません。

例えば58条については、第一追加議定書とコメンタールの間に矛盾がありますが、この場合、当然、第一追加議定書が優先します。

この場合、コメンタールに従わないからといって国際人道法違反とされたり、国際的圧力をかけられる理由はありません。

しかし、この場合、市民が軍に対し「順守義務はないが、人道的立場に立ってコメンタールに従って実行するよう」要求し説得することは一向に差し支えないとは思いますが。

第一追加議定書とコメンタールの間に矛盾が無い場合は、当然のことながら、コメンタールを無視する必要はありません。

(第一追加議定書を批准していない国が、第一追加議定書を無視した無謀な行動を行った場合、国際的圧力がかかるということであれば理解できます。)
 


→ ブログ管理人
2010/12/02 (Thu) 01:18:33 No-10133233
 第一追加議定書の目的に沿った形で第一追加議定書の解釈がなされた場合に、その解釈とコメンタールとの間に矛盾があれば、第一追加議定書の解釈が優先するでしょう。
 58条の矛盾が何か分かりませんので、一般的に書きますが、第一追加議定書の目的に沿わない形で第一追加議定書の解釈をすれば、コメンタールとの間に矛盾が生じることが多くなると思います。その場合、第一追加議定書の目的に沿った形で、第一追加議定書の解釈がなされるべきであることは言うまでもありません。

 法は言葉で書いてあるし、どうしても言葉の解釈には幅があります。その解釈の幅を少なくし、勝手な解釈をできるだけ許さないのが、赤十字国際委員会のコメンタールであると考えます。
 さらに、赤十字国際委員会のコメンタールには、具体的な実施方法についても記載されていますので、それも参考にされるべきです。
 


→ 矢馬一郎
2010/12/14 (Tue) 22:13:14 No-10204918
返事が遅くなって申し訳ありませんでした。よろしく。

ブログ管理人様ご意見
「第一追加議定書の目的に沿わない形で第一追加議定書の解釈」「第一追加議定書の目的に沿った形で、第一追加議定書の解釈」

矢馬一郎の反論
具体的にどのようなことか理解しかねます。コメンタールが無いと現場で具体的な判断ができず、恣意的解釈が横行するのでしょうか。具体的事例があれば参考にはなると思いますが、第一追加議定書の文言は簡潔で、素直に読めば大きな混乱を生ずるようなことは考えにくいと思うのですが。それよりも、「占領のために解放されている」という文言を「無防備地域は占領が禁止されている」などという勝手極まる貴方がたの解釈こそが、混乱を大きくするのではありませんか。


ブログ管理人様ご意見
 「さらに、赤十字国際委員会のコメンタールには、具体的な実施方法についても記載されていますので、それも参考にされるべきです。」


矢馬一郎の反論
これは論点ではありません。前回も「第一追加議定書と矛盾のない場合、コメンタールを参考にすることに反対しない」と書いています。
 


→ ブログ管理人より
2010/12/25 (Sat) 01:25:44 No-10257875
 論点でないことを書いてしまってすいません。
 そこで、論点を整理してみました。
 私は、大きく分けて2つの論点があると思っています。

1つめは、「コンメンタールとは何か」ということです。
 ブログ管理人は、一度も「コンメンタールが議定書の詳しいものである」とは言っていません。ブログ管理人は「コンメンタールの条文解釈」と言っています。これは「条文ごとの意義・要件・効果等について解説」という意味で、これ以上の意味はありません。
 「拘束力」については、国内法でいうところの「通知」を例に説明しました。法的な拘束力は無いけれど、実際上の拘束力は有していると考えています。
 これについて、矢馬さんは、コンメンタールは拘束力は無いけれど、無視してもいいとは思っていない。「尊重・参考・予備知識扱い」等の様々な場合があり得る。とおっしゃっています。

※(参考)ウィキペディアより抜粋。
 コンメンタール(独;Kommentar)とは、法律などに対して逐条解説を施した文書、またはそれを書籍化した書物のこと。法律等の条文を少しずつ(基本的には一条ずつ)掲げ、その後に、その条文の意義・要件・効果等について解説を付したものである。さらに必要なら関連する条文、判例、行政実例、参考文献などをあげている。

(2)議定書とコンメンタールとの矛盾について
 ブログ管理人は、議定書とコンメンタールとの間に基本的な矛盾はないと考えています。
 矢馬さんは、「議定書とコンメンタールには矛盾がある。否定された赤十字の理想論がコンメンタールに含まれているはず。…58条も矛盾している。」と言っていますが、この意味がよく分かりません。
 矢馬さんのおっしゃるとおり、第一追加議定書の文言は簡潔で、素直に読めば大きな混乱を生ずるようなことは考えにくいと思います。矛盾があるとしたら議定書の解釈の仕方に問題があるのではないか、という疑問をブログ管理人は述べました。

…総じて、ブログ管理人と矢馬さんとの間では、
(1)コンメンタールに法的な拘束力がないことは一致しています。
(2)コンメンタールを各国が「無視できない。参考にする。」ものであることも一致しています。
(3)ブログ管理人は、コンメンタールは各国が「無視できない。参考にする。」ものであるので、それは「実際上の拘束力を有する」と言っていいと考えています。
 矢馬さんは、その程度のことで「拘束力がある」と主張することは、「(知識不足の)協力者を誤解させるようなこと」だと言っています。
(4)それはコンメンタールをどれだけの重みでとらえるのか、の違いだと思います。
 このことについて、矢馬さんから「議定書とコンメンタールとの矛盾」について、議論が出されています。
 よって、「議定書とコンメンタールとの矛盾」について、まず論議を深めましょう。この議論を出したのは矢馬さんなので、論議を深めることに全く異論はないでしょう。
 どうぞ矢馬さんから、「議定書とコンメンタールとの矛盾」について、具体例を含めて根拠を述べていただきたいと思います。
 


→ 矢馬一郎
2011/01/06 (Thu) 21:36:19 No-10323004
ブログ管理人様ご意見
コンメンタールは各国が「無視できない。参考にする。」ものであるので、それは「実際上の拘束力を有する」と言っていいと考えています。


矢馬一郎の説明
「無視できない。参考にする。」とは、「考慮するが、都合の悪い時は無視する」ことも含まれます。なぜ、このことが「実際上の拘束力を有する」という判断になるのですか。論理的に成り立たないことがお判りにならないのですか。(私も暇ではありません)




ブログ管理人様ご意見
「矢馬さんから、「議定書とコンメンタールとの矛盾」について、具体例を含めて根拠を述べていただきたいと思います。」



矢馬一郎の説明
58条の予防措置に関する国際法専門家の発言を転記します。

2007/2/16 19:00-21:00   「国際人道法講習会」  摂南大学・糟谷教授・ エル大阪 709号室  

講演における説明  抜粋
【国際人道法は武力紛争を前提して適用されるが、そうでなくて平時に適用されるべきとして義務の課せられているものもある。その一つがこの予防措置である。】

講演後の質疑応答における発言   抜粋
糟谷教授は、矢馬一郎から「58条の、『紛争当事国・努めること』という文言は、『戦時の努力義務』を指しているのではないか」という質問を受け次のように答えました。

【・・・・・こういう条約案を造ったところが赤十字国際委員会である。それをもとにして各国政府がやったから全てのルールが妥協案である。・・・

・・・コメンタールの中では、この義務は必ずしも武力紛争時だけに課せられた義務で無しに、平時から義務を遂行していくべきものであると言及されているというふうに理解している。

赤十字の意見に対して同等の趣旨で理解している国もある。義務がないと理解している諸国もある。・・

・・・・平時の義務だというふうには僕自身必ずしもそう思わない。】



注:質問の前後で見解が逆転している点にもご注意ください。

要するに、「第一追加議定書58条の条文には『平時の義務』と解釈できる記述が無いにもかかわらず、コメンタールでは『平時の義務』と主張されている」ということです。
 


→ ブログ管理人より
2011/01/09 (Sun) 00:53:12 No-10334697
 「実際上の拘束力を有する」と私が表現している意味合いについて、論理的に説明してきたつもりです。同じ説明の繰り返しは省略します。

 あと、58条に関してですが、
 平時において政府や軍隊が“軍民分離”を考慮する必要がない、という主張でしょうか。
 その点が、当会の条例案の有効性に関わってくる部分です。
 


→ 矢馬一郎
2011/01/21 (Fri) 00:06:14 No-10400404
遅くなりましたがよろしく。

ブログ管理人様ご意見
「実際上の拘束力を有する」と私が表現している意味合いについて、論理的に説明してきたつもりです。同じ説明の繰り返しは省略します。



矢馬一郎の説明
「無視できない。参考にする」と「完全に従う」は違います。「参考にする」とは「照らし合わせて考える(国語辞典)」であり、「考慮の上、『従う・有る程度妥協する・従がわない』などの多様な対応が有りうることを意味します。「実際上の拘束力を有する」ということではありません。



ブログ管理人様ご意見
あと、58条に関してですが、 平時において政府や軍隊が“軍民分離”を考慮する必要がない、という主張でしょうか。その点が、当会の条例案の有効性に関わってくる部分です。



矢馬一郎の説明
58条には、「紛争当事国・努めること」と記述されています。締約国にとっては「戦時の努力義務」です。「当会の条例案の有効性に関わってくる」からといっても、これ以外の解釈は成り立ちません。

糟谷教授が質疑の結果「平時の義務だというふうには僕自身必ずしもそう思わない。」と認めざるを得なくなったのは、国際法の専門家がいくら頑張っても、(素人である私の)素直な解釈には勝てなかったからだと思っています。

平時において政府や軍隊が“軍民分離”を行うことは、第一追加議定書で義務付けられていませんが、「考慮」することを禁止されているわけではありません。貴方方の「謙虚で誠実な説得」によって「考慮」されることは有り得ると思います。
 


→ ブログ管理人より
2011/01/23 (Sun) 04:08:14 No-10412281
 平時おいて、考慮することを禁止していない、という部分は一致していますね。
 しかし、私は、強く考慮されるべきだと考えています。

 平時であっても、住宅地の真ん中に軍事施設を建ててしまっては、紛争が生じたときに“軍民分離”を最大限義務付けた58条の実効が難しくなることは明白です。
 ですから、平時にも当然考慮されるべきであり、考慮された結果として必要な措置もあるべきだと考えています。

 赤十字国際委員会コンメンタールに、「……平時においても考えられていなければならない。たとえば、兵舎や軍用装備、弾薬の貯蔵所は町の中心に建てるべきではない。」とはっきりと書いてあることは、58条の最大限の実効のために当然のことだと考えます。
 


2011/01/30 (Sun) 15:42:42 No-10450886
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疑問・指摘に答えて(2)
→ ブログ管理人より Site
2010/11/20 (Sat) 00:50:06 No-12927929
 「占領のために開放されているもの」とは、「敵軍が占領のため自由に入ってこられる状態」という意味ではあり「占領」を認めるものではないか、という疑問がありました。

⇒あくまでも「実際的措置」に関するものであると解釈するべきです。

(1)「占領のために開放されているもの」という表現は、ジュネーブ諸条約第1追加議定書第59条「無防備地域宣言」規定の文中にあります。
 この表現については、赤十字国際委員会のコメンタールpara2268 後段に、「占領のために開放されている居住地。この条件は本質的なものであり、その実施を確実にするためにすべての実際的措置が講じられなければならない。例えば、道路封鎖を解くこと、地雷を撤去すること。」と解釈されています。
 つまり「占領のために開放されているもの」とは、無防備地域宣言をするにあたり実際的措置として、道路封鎖が解かれていたり地雷が撤去されている住宅地を指しています。
 しかし、これを占領を正当化したり認めるものと解してはいけません。
 なぜならば、同議定書は、前文で「この議定書又は…ジュネーブ諸条約のいかなる規定も、侵略行為その他の国際連合憲章と両立しない武力の行使を正当化し又は認めるものと解してはならない」としているからです。
 よって、この表現はあくまでも「実際的措置」に関するものであると解釈するべきです。

(2)このことに関連して、“無防備地域宣言することは占領を招く行為である”という意見が根強くあります。
 これは、そもそもの無防備宣言の意味を取り違えていると思います。宣言は、自国の軍隊を住宅地から遠ざけることによって敵の軍隊からの攻撃を禁止し、住民を保護するためのものです。“軍隊からの攻撃が禁止される”という大前提があるのです。
 また、軍隊の行動面から考えても、ある地域が無防備宣言をする場合、自国の軍隊は宣言地域から離れた地域で軍事行動をすることになります。
 一般的に、軍隊は攻撃対象と対峙しながら行動します。敵軍が相手の軍事行動を無視して行動することはありえません。当然、無防備地域宣言がされているかは軍隊の行動において考慮の対象になると思いますが、短絡的に、宣言が占領を招くということにはなり得ないと考えられます。逆に、“軍隊のいる地域は攻撃されることが多い”というのが軍事的常識です。

(3)宣言地域に敵軍が駐留した場合でも、それは敵軍の軍事的判断によるものであって、宣言した自治体・住民側が罪悪感を覚える性質のものではありません。
 そもそも宣言は、ジュネーブ諸条約第1追加議定書に定められているとおり「特別の保護」のためです。住民保護を第一に考えて住宅地を戦場にしないようにして何が悪いのでしょうか。
 また、宣言地域に敵軍が駐留したら、宣言地域は自動的にその地位を失うことになりますので、宣言地域に敵軍をかくまうということにもなりえません。(住宅地を戦場にすることはあってはならないと考えますが、自国の軍隊が当該地域に駐留している敵軍を攻撃することは禁止されないということです。)
 

→ 矢馬一郎様の反論
2010/11/22 (Mon) 00:43:26 No-10075287
ブログ管理人様ご意見
「コメンタールpara2268 後段に、・・・・・つまり『占領のために開放されているもの』とは、無防備地域宣言をするにあたり実際的措置として、道路封鎖が解かれていたり地雷が撤去されている住宅地を指しています。

しかし、これを占領を正当化したり認めるものと解してはいけません。・・・・・・・・国際連合憲章と両立しない武力の行使を正当化し又は認めるものと解してはならない」としているからです。

よって、この表現はあくまでも「実際的措置」に関するものであると解釈するべきです。」


矢馬一郎の反論
コメンタールに拘束力はありませんが、参考として私の判断を説明しておきます。

「占領のために開放されている居住地。この条件は本質的なものであり、その実施(占領)を確実にするためにすべての実際的措置(例えば、道路封鎖を解くこと、地雷を撤去すること。)が講じられなければならない。」ということではありませんか。

占領が実行されることを前提しなければ、「その実施」「確実にする」とは書かれないはず。

占領を禁止するのであれば、59条に「占領を禁止する」と書けば誤解を生ずることは無い筈です。このような大事なことが、なぜ、書いてないのでしょうか。他の条文のように、簡単明瞭に書くことができるはずではありませんか。

国連憲章51条では、個別的自衛権・集団的自衛権が認められています。侵略であるか防衛戦であるか、前線で論議しても、まとまらないでしょう。

「防衛戦でも、作戦の都合上、敵国領土を占領することがある」ことは、常識でしょう。この前文を根拠にして、「占領のために解放された地域」の占領を、否定することは無理です。
 


→ ブログ管理人より
2010/11/22 (Mon) 01:23:04 No-10075435
何か、論点がずれてしまっているようです。
私は、無防備宣言した地域に敵軍が入ってくる状態(占領)がないとは言っていません。実際上の占領を否定していません。
ただし、それは占領を正当化したり認めるものではない、ことは繰り返しておきます。

あと、「防衛戦でも、作戦の都合上、敵国領土を占領することがある」ことは支持できません。
ただし、当会の条例案(成立しても尼崎市内しか適用されない)とは直接関係がないので、私の意見表明にとどめ、論議を広げることはしません。
 


→ 矢馬一郎
2010/11/25 (Thu) 21:42:34 No-10098903
ブログ管理人様ご意見
「実際上の占領を否定していません。ただし、それは占領を正当化したり認めるものではない、ことは繰り返しておきます。」

矢馬一郎の反論
国連憲章に基づいて「占領」を禁止するのであれば、第一追加議定書・第59条に「占領のために解放されたもの」と書かないで、「占領が禁止されたもの」と書くはずではありませんか。または、別の条項で「占領を禁止する」と書けば済むことです。少なくとも「第一追加議定書において、占領は禁止されていない」ということです(正当化されないとしても)。前回のコメントにも書いたはずです。


ブログ管理人様ご意見
「『防衛戦でも、作戦の都合上、敵国領土を占領することがある』ことは支持できません。」

矢馬一郎の反論
貴殿も根拠とされる国連憲章の中の第51条で自衛権を認めていますが、敵国領土内から「砲撃・爆撃・地上軍の侵攻」などを受けた場合、それを阻止するために「その出撃基地を含む地域を攻撃・侵攻・占領」することを禁止することは非現実的です。自衛・防衛とは相手の攻撃を阻止することではありませんか。占領を禁止する条項があればご教示ください。
ちなみに、国連憲章51条では、「この自衛権の行使に当たって加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない」と報告を義務付けていますが、相手国領土への侵攻・占領を禁止する文言は見当たりません。
貴方や私が支持できるかどうかという主観の問題ではありません。
 


→ ブログ管理人
2010/11/26 (Fri) 00:14:16 No-10100056
矢馬さんが、占領を正当化したり認める立場であることが分かりました。
そこが、私との相違点ですね。
 


→ 矢馬一郎
2010/12/01 (Wed) 19:36:35 No-10131047
ブログ管理人様ご意見
「実際上の占領を否定していません。ただし、それは占領を正当化したり認めるものではない、ことは繰り返しておきます。」「矢馬さんが、占領を正当化したり認める立場であることが分かりました。そこが、私との相違点ですね。」



矢馬一郎の反論
貴方や私が「占領を正当化したり認める立場である」かどうかを論じているのではありません。国際人道法で何が規制されているかいないかを論じているのです。

前回コメントについて反論も同意もなく残念です。

貴ブログで「国連憲章や第一追加議定書で占領は禁止されている」と主張しておられたので、「国連憲章でも国際人道法でも占領は禁止されていない」と事実関係を説明しているのです(前回コメントにも書きました。)。

国際人道法は、戦争を禁止することを目的とした条約でなく、(正当性の有無を問わず)発生してしまった戦争について、非人道的行為の発生を防ぐための条約なのです。


防衛戦における敵国領土占領について追加説明
国連憲章は集団的自衛権を認めていますが、このことは、例えばA国がB国を侵略した場合、B国と軍事同盟を結ぶC国がB国防衛のためにA国を攻撃することを認めているということです。

この場合、「C国軍が、A国軍を攻撃するためA国領内へ侵攻する」ということが禁止されたら、集団的自衛は成り立ちませんので、そのような禁止は考えられません。

そして侵攻は占領を伴います。即ち、「国連憲章は占領を禁止している」とは言えません。

以上述べたことを貴方が個人として支持しないのは貴方の自由です。これは立場や好みの問題ではなく、条約で何が規制されているかどうかという認識の問題です。

占領についての追加説明。
「第一追加議定書第一条 3」において「この議定書は、・・・・・・同諸条約のそれぞれの第二条に共通して規定する事態について規定する」と言及されていますが、

その「ジュネーブ諸条約第二条」、例えば「第一条約 第二条」において、「・・・・・この条約は、また、一締約国の領域の一部または全部が占領されたすべての場合について、その占領が武力抵抗を受けると受けないとを問わず、適用する。・・・・・」としています。

即ち、ジュネーブ四条約および第一追加議定書において、占領は禁止されているのでなく、占領された場合における非人道的行為が禁じられているのです。    
 


→ ブログ管理人
2010/12/02 (Thu) 01:20:09 No-10133241
 「ジュネーブ四条約および第一追加議定書は、それらのいかなる規定も、侵略行為その他の国際連合憲章と両立しない武力の行使を正当化し又は認めるものと解してはならないが、具体的な禁止行為に関しては、実際に占領された場合における非人道的行為などが定められています。」というほうが正確だと思います。
 たしかに、ジュネーブ四条約および第一追加議定書が直接規制しているのは、占領そのものではなく、占領された場合における非人道的行為などです。
 しかし、それを理由に「占領は禁止されていない」と言い切ることは、「占領を認めている、正当化している」と主張しているのと同じように捉えられます。
 「防衛戦における占領の正当性」も繰り返し主張していますが、なぜ、そんなに「占領が禁止されない」ことを強調して主張するのでしょうか。
 それは、ジュネーブ四条約および第一追加議定書の目的や精神に反していると私は考えます。
 国際法にしても、国内法にしても、一番尊重されなければならないのは、その法の「目的」です。
 具体的な禁止条項がないことを強調することによって、そもそもの法の目的や精神をないがしろにするような行為は許されないと考えます。
 (なお、法の「目的」と「個別条文」については、すでにこの掲示板内で、私の見解を述べていますので、ご参照ください。No-4726725 )

 以前に申し上げているとおり、「防衛戦における占領」に関しては、この掲示板は、尼崎市における無防備地域宣言を盛り込んだ条例制定の論議の場ですので、論議を広げる気はありません。
 しかし、ただ一つこの掲示板での論議が成り立つ可能性がある想定があります。それは、日本が外国に侵略して、侵略された外国(と軍事同盟を結ぶ国)が「防衛のため」として、日本の一部を占領した場合を想定することです。ただ、その想定をしても、ジュネーブ四条約および第一追加議定書による規制内容は、侵略する側も、防衛する側も同じですので、今までの私の主張を変更する理由が見いだせません。
 


→ 矢馬一郎
2010/12/14 (Tue) 22:23:00 No-10204999
返事が遅くなって申し訳ありませんでした。よろしく。


ブログ管理人様ご意見
「 しかし、それを理由に「占領は禁止されていない」と言い切ることは、「占領を認めている、正当化している」と主張しているのと同じように捉えられます。」


矢馬一郎の反論
主張も、あいまいで、論理の飛躍があります。                        本来、人道法は、戦争を禁止することを目的とした条約ではありません。また、国連憲章では占領を禁止していません。(集団的自衛権が認められていることからも自明のこと)。
第一追加議定書に記載されている「正当化」とは、「国連憲章第2条4.で禁じられた武力行使を、人道法が正当化した」と解すべきではないという文脈の中の「正当化」です。「国連憲章第51条において認められている(個別及び)集団自衛権」に伴う占領は、当然、国連憲章で禁止されていないということです。したがって、第一追加議定書の前文における「正当化し又は許容するものと解することができない」とする信念の対象でさえありません。国連憲章と第一追加議定書をよく読んでください。また、私の前回コメントについて反論が無いのではありませんか。



ブログ管理人様ご意見
「『防衛戦における占領の正当性』も繰り返し主張していますが、なぜ、そんなに『占領が禁止されない』ことを強調して主張するのでしょうか。」


矢馬一郎の反論
貴殿が前々貝のコメントに応答しないから、私は前回も「集団的自衛権」を事例として判り易く説明したのです。「国連憲章や人道法で占領が禁止されている」という主張が間違っているという事例を挙げて説明しているのです。反論もしないで、それを「強調」と受け取る心理の方が不自然ではありませんか。なぜ反論しないのですか。



ブログ管理人様ご意見
 「それは、ジュネーブ四条約および第一追加議定書の目的や精神に反していると私は考えます。」


矢馬一郎の反論
個別的及び集団的自衛権にもとずく戦争に伴う占領が国連憲章で禁じられているとは考えられません。また、占領が人道法に基づいて行われるなら人道法上は、問題ないはず。
ジュネーブ四条約および第一追加議定書のどのような目的やどのような精神から、どのようにして「反している」という結論に至ったのか、論理的説明が全くありません。論議をする意思を失い個人的願望を主張するだけであれば、論議を続ける資格はないのではありませんか。



ブログ管理人様ご意見
 「具体的な禁止条項がないことを強調することによって、そもそもの法の目的や精神をないがしろにするような行為は許されないと考えます。」


矢馬一郎の反論
具体的に説明もせず、説教するような思い上がった態度が鼻につきます。集団的自衛権について、(特殊な状況でなく)十分にあり得る状況を説明しているのです。
「具体的な禁止条項がないことを”強調”」などしていません。あるがままに説明しているだけです。
「国連憲章で、集団的自衛権が認められている」ことから、防衛戦でも占領は有り得ると言っているのです。これが「法の目的や精神をないがしろにするような行為は許されない」というのであれば、論理的かつ具体的に説明すべきではありませんか。(全般的に私の説明に対し反論がなされていません。反論できないのであれば、そう書くべきではありませんか。)



ブログ管理人様ご意見
「 (なお、法の「目的」と「個別条文」については、すでにこの掲示板内で、私の見解を述べていますので、ご参照ください。No-4726725 )」


矢馬一郎の反論
集団的自衛権に何する私の説明は、ごくありふれた状況を説明してるに過ぎません。No-4726725のような特殊な説明は、この場合関係ないことと思います。



ブログ管理人様ご意見
「ジュネーブ四条約および第一追加議定書による規制内容は、侵略する側も、防衛する側も同じですので、今までの私の主張を変更する理由が見いだせません。」


矢馬一郎の反論
言っておられる意味がよくわかりません。変更しないとする主張を明確にしてください。
 


→ ブログ管理人より
2010/12/26 (Sun) 19:58:42 No-10265595
 矢馬さんは、
 『個別的及び集団的自衛権にもとずく戦争に伴う占領が国連憲章で禁じられているとは考えられません。また、占領が人道法に基づいて行われるなら人道法上は、問題ないはず。』
 などと主張されました。確かに、条文上はそうなっているかもしれません。
 そうです。占領を正当化したい人は「問題ない」と言うのです。

 なぜ、わざわざ、ジュネーブ第4条約で「占領」の規定を設けないといけなかったのか。その歴史的な意味をどう捉えていらっしゃるのか疑問です。
 占領が人道的に行われないことが多かった事実を無視して、私は「占領は問題ない」と言い切ることはできません。
 そういう私の思いについて、矢馬さんは「個人的願望を主張するだけ」と言われました。
 そして「論議を続ける資格はない」とまで言われました。
 矢馬さんが、そう思われるのは勝手ですが、私が議論を続ける気持ちを無くさせるには十分でした。

 でも、このスレッドの一定の結論は出たと思います。
 このスレッドの最初に戻って、矢馬さんのおっしゃるとおりに、『占領のために開放されているもの』を解釈しても、人道的な占領なら「問題ない」ということですよね。
 結論だけみると一致していますね。
 


→ 矢馬一郎
2011/01/07 (Fri) 22:19:25 No-10328152
返信が遅くなり申し訳ありません。ご検討願います。



ブログ管理人様ご意見
矢馬さんは、 『個別的及び集団的自衛権にもとずく戦争に伴う占領が国連憲章で禁じられているとは考えられません。また、占領が人道法に基づいて行われるなら人道法上は、問題ないはず。』 そうです。占領を正当化したい人は「問題ない」と言うのです。


矢馬一郎の反論
「私が、占領を正当化したいと考えている」と主張しておられますが、根拠が有るのですか。




ブログ管理人様ご意見
なぜ、わざわざ、ジュネーブ第4条約で「占領」の規定を設けないといけなかったのか。その歴史的な意味をどう捉えていらっしゃるのか疑問です。

占領が人道的に行われないことが多かった事実を無視して、私は「占領は問題ない」と言い切ることはできません。

そういう私の思いについて、矢馬さんは「個人的願望を主張するだけ」と言われました。矢馬さんが、そう思われるのは勝手ですが、私が議論を続ける気持ちを無くさせるには十分でした。



矢馬一郎の反論
私は、「人道法上問題ない」と主張したことはありますが、「占領は問題ない」などと主張したことはありません。よく読んでから批判して下さい。

「占領が人道的に行われないことが多かった」からこそ、人道法が整備されてきたのではありませんか。人道法上問題ないということが、人道上100%問題ないことを意味するとは限りませんが、人道法が整備される以前よりベターなのではありませんか。

貴方が、人道法に基づいて活動するのであれば、人道法上問題ないかどうかは基本的に重要なことではありませんか。

なお、「個人的願望を主張するだけ」という批判は、貴方の主張の中に論理的説明が無かったから、そう書いたのです。その私のコメントをよく読んで下さい。




ブログ管理人様ご意見
このスレッドの最初に戻って、矢馬さんのおっしゃるとおりに、『占領のために開放されているもの』を解釈しても、人道的な占領なら「問題ない」ということですよね。結論だけみると一致していますね。


矢馬一郎の反論
第一追加議定書の「占領」は、人道法順守が大前提です。「人道的に問題ない」と「人道法上問題ない」を区別していますか。

「『国連憲章や第一追加議定書で、無防備地域の占領は禁止されている』という貴方方の主張は間違っている」とお判りになりませんか。反論が無ければ、論議を終了したいのですが。
 


→ ブログ管理人より
2011/01/09 (Sun) 00:49:23 No-10334679
 たしかに、「人道的に問題ない」と「人道法上問題ない」を区別していない部分があったと思います。申し訳ありません。
 しかし、矢馬さんも、私のコメントををよく読んで下さい。
 『無防備地域の占領は禁止されている』と、私は考えていませんし、言ったこともありません。
 どこをどのように読まれて、私がこのように主張していると思われたのでしょうか。誤解される表現を私が使ったのなら訂正しなければなりません。お教えください。

 ただ、前回の矢馬さんの結論は「反論が無ければ、論議を終了したい」ということですね。
 そういうことでしたら、私は自分が言っていないことを批判されても、反論のしようがありません。それで、議論終了とお考えになるのでしたらご自由にどうぞ。

 


→ 矢馬一郎
2011/01/21 (Fri) 00:08:37 No-10400421
遅くなりましたが、よろしく。


ブログ管理人様ご意見
『無防備地域の占領は禁止されている』と、私は考えていませんし、言ったこともありません。・・・・・・そういうことでしたら、私は自分が言っていないことを批判されても、反論のしようがありません。



矢馬一郎の反論
11/20(2)の「占領のために開放されているもの」に関する説明の中で、コメンタールpara2268 を引用し「これを占領を正当化したり認めるものと解してはいけません。」と述べておられます。

また、2010/12/2には「『防衛戦における占領の正当性』も繰り返し主張していますが、なぜ、そんなに『占領が禁止されない』ことを強調して主張するのでしょうか。それは、ジュネーブ四条約および第一追加議定書の目的や精神に反していると私は考えます。」と述べておられます。

これが「無防備地域の占領は禁止されている」という主張でなかったら何でしょうか。
 


→ ブログ管理人より
2011/01/23 (Sun) 03:35:35 No-10412232
(1)「これを占領を正当化したり認めるものと解してはいけません。」という私の主張は、
(追加議定書の前文)
「この議定書又は…ジュネーブ諸条約のいかなる規定も、侵略行為その他の国際連合憲章と両立しない武力の行使を正当化し又は認めるものと解してはならない」
という規定から来ています。

(2)無防備地域は『占領のために開放されているもの』と規定されています。

なぜ(1)(2)のように一見矛盾したことが書いてあるのでしょうか。

それは、侵略行為その他の国際連合憲章と両立しない武力の行使」が禁止されているにもかかわらず、実際に起こってしまった行為について、人道的に規制するのがジュネーブ諸条約や追加議定書だからです。

(1)は、目的・精神・理念についての規定。
 【(2)の規定があるからといって(1)は守らなくていいものという解釈をしてはならないという規定】
(2)は、(1)に反して実際に起こってしまった行為についての規定。

(1)と(2)とは区別して考えていただかないと話が混乱します。
よろしくお願いします。
 


2011/01/30 (Sun) 15:47:01 No-10450910
この投稿は管理者の承認待ちです
 




疑問・指摘に答えて(1)
→ ブログ管理人より Site
2010/11/20 (Sat) 00:46:36 No-12927925
 ジュネーブ諸条約第1追加議定書第48条に定める基本原則は、「軍民分離」ではなく「軍民区別」ではないかという指摘がありました。

⇒引き続き、「軍民分離」の表現を使用します。

 確かに、議定書第48条の表現をそのまま使用すると「軍民区別」になりますが、第49条以降にその基本原則を具体化する条文が続いています。第58条には軍民を離れさせる(分離させる)ための規定があり、よって基本原則には「軍民分離」が含まれていると解釈しています。
 軍民を「区別」することは主に攻撃時に軍隊の側が行わなければならないことです。当会は市民(文民)の立場から条例制定を目指しており、市民(文民)の側からみると「軍民分離」(軍隊を住宅地から離すこと)が主な課題になるため、その表現を使用しています。
 

→ 矢馬一郎様の反論
2010/11/22 (Mon) 00:41:58 No-10075275
ブログ管理人様ご意見
「議定書第48条の表現をそのまま使用すると『軍民区別』になりますが、第49条以降にその基本原則を具体化する条文が続いています。

第58条には軍民を離れさせる(分離させる)ための規定があり、よって基本原則には『軍民分離』が含まれていると解釈しています。・・・・・・・・市民(文民)の側からみると「軍民分離」(軍隊を住宅地から離すこと)が主な課題になるため、その表現を使用しています。」
矢馬一郎の反論
「48条は『軍民分離の原則』」であるなら、なぜ、「separate(分離)」と書いてないのでしょうか。

58条を根拠にして「48条は『軍民分離の原則』」とするのは、論理の飛躍です。(第一追加議定書の中に「軍民を分離する」考えが含まれていないとは言いませんが。)

「軍民分離」をめざすことに反対するつもりはありません。しかし、「48条は『軍民分離の原則』」というのは飛躍です。
 


→ ブログ管理人より
2010/11/22 (Mon) 01:16:59 No-10075415
第一追加議定書の中に「軍民を分離する」考えが含まれている、という部分までは一致するけれど、
48条の基本原則の中に「軍民を分離する」考えが含まれているかどうかは、意見が違っているということですね。
 


→ 矢馬一郎
2010/11/25 (Thu) 21:40:14 No-10098881
ブログ管理人様ご意見
「48条の基本原則の中に「軍民を分離する」考えが含まれているかどうかは、意見が違っているということですね。」

矢馬一郎の反論
「separate(分離)」と書いてないのに「48条は『軍民分離の原則』」と主張することは間違っていると言っているのです。「意見の違いでどちらともいえる」ようなことではありません。
 


→ ブログ管理人
2010/11/26 (Fri) 00:18:05 No-10100090
48条の基本原則の中に
「軍民を分離する」考えが含まれていることには合意するが、
表現の仕方がおかしい、ということですね。
 


→ 矢馬一郎
2010/12/01 (Wed) 19:38:06 No-10131060
ブログ管理人様ご意見
「48条の基本原則の中に『軍民を分離する』考えが含まれていることには合意するが、表現の仕方がおかしい、ということですね。」



矢馬一郎の反論
48条には、separate(分離)でなくdistinguish(区別・識別・見分ける)と書いてあります。前回コメントにも「48条には、separate(分離)とは書いてない」と書いたはず。

48条では、軍民分離を支持も反対もしていません。separate(分離)でなく、distinguish(区別・識別・見分ける)と書いてあるのに「軍民分離の原則」と呼ぶのはむりでしょう。

書いてないことをなぜ有ることにしないと運動できないのでしょうか。第一追加議定書は、多数の国が協議して決めたのです。勝手に解釈しないでください。
 


→ ブログ管理人
2010/12/02 (Thu) 01:21:52 No-10133243
 48条の基本原則の中に『軍民を分離する』考えが含まれていることには合意するのでしょうか。
 そうでないと論議がかみ合いません。
 


→ 矢馬一郎
2010/12/14 (Tue) 22:24:51 No-10205018
返事が遅くなって申し訳ありませんでした。よろしく。


ブログ管理人様ご意見
「48条の基本原則の中に『軍民を分離する』考えが含まれていることには合意するのでしょうか。そうでないと論議がかみ合いません。」


矢馬一郎の反論
私の前回コメントをお読みになったのでしょうか。私はあなたと論議することを目的として投稿しているのではありません。separate(分離)でなく、distinguish(区別・識別・見分ける)と書いてあるのに「48条は『軍民分離の原則』」と認識するのはむりだと言っているだけなのです。何回も同じことを書かせないでください。第一追加議定書に書いてないことを書いてあることにしたいという先入観が間違っているのです。

 


→ ブログ管理人
2010/12/15 (Wed) 01:10:09 No-10205997
 確かに、議定書第48条の表現をそのまま使用すると「軍民区別」になりますが、第49条以降にその基本原則を具体化する条文が続いています。第58条には軍民を離れさせる(分離させる)ための規定があり、よって基本原則には「軍民分離」が含まれていると解釈しています。
 軍民を「区別」することは主に攻撃時に軍隊の側が行わなければならないことです。当会は市民(文民)の立場から条例制定を目指しており、市民(文民)の側からみると「軍民分離」(軍隊を住宅地から離すこと)が主な課題になるため、その表現を使用しています。  
 


→ 矢馬一郎
2010/12/21 (Tue) 17:10:06 No-10240693
ブログ管理人様ご意見
「第49条以降にその基本原則を具体化する条文が続いています。第58条には軍民を離れさせる(分離させる)ための規定があり、よって基本原則には「軍民分離」が含まれていると解釈しています。・・・・・・・・市民(文民)の側からみると「軍民分離」(軍隊を住宅地から離すこと)が主な課題になるため、その表現を使用しています。」



矢馬一郎の反論
「48条 基本原則」がカバーする四部第一節のなかには、無差別攻撃の禁止など様々な条項が存在します。その中に「軍民を離れさせる(分離させる)ための規定 58条 」も含まれているからといって、「48条 基本原則」イコール「軍民分離の原則」であるというのは論理の飛躍です。

市民(文民)の側から見ようと、軍の側から見ようと、条約の解釈が違ってはならないのです。常識ではありませんか。これは、「軍民分離」が重要であるかどうかということとは別の判断です。

「48条 基本原則」イコール「軍民分離の原則」でなくても、無防備地域宣言運動が成立しないわけではありません。58条や59条が消えてなくなるわけではないのです。

正確な認識に立脚し知恵を絞って運動を構築すればよいではありませんか。

文民の保護について人道法の規定でカバーできない部分は、「赤十字国際委員会のコメンタールや戦争被害の事例を駆使し、政府や自衛隊の道徳心や人情や国民を守りたい心」に訴えて説得するなど手段は有るのではありませんか。
 


→ ブログ管理人より
2010/12/25 (Sat) 01:44:05 No-10257925
 48条の基本原則の中には『軍民を分離する』考えが含まれていると考えられますので、「軍民分離」という表現を使うことが、条約の解釈をゆがめるものだとは思いません。
 くりかえしになりますが、当会は市民(文民)の立場から条例制定を目指しています。
 市民(文民)の側からみると「軍民分離」(軍隊を住宅地から離すこと)が主な課題になるため、その表現を使用しています。
 


→ 矢馬一郎
2011/01/06 (Thu) 23:06:46 No-10323599
遅くなりました。ご検討よろしく。


ブログ管理人様ご意見
48条の基本原則の中には『軍民を分離する』考えが含まれていると考えられますので、「軍民分離」という表現を使うことが、条約の解釈をゆがめるものだとは思いません。


矢馬一郎の反論
48条には、「軍民区別」と「軍事目標主義」が規定されており、「軍民分離」という法原則を規定するのに最もふさわしい条項であるにもかかわらず、「軍民分離」が併記されていないことをどう考えているのですか。

48条のもとに(無差別攻撃禁止など)多くの具体規定が規定されていますが、貴方の理屈であれば、それら多くの具体規定に基づいて、「48条は『無差別攻撃禁止』の原則』」などといくらでも作ることができることになります。おかしいと思いませんか。




ブログ管理人様ご意見
 くりかえしになりますが、当会は市民(文民)の立場から条例制定を目指しています。市民(文民)の側からみると「軍民分離」(軍隊を住宅地から離すこと)が主な課題になるため、その表現を使用しています。


矢馬一郎の反論
軍民分離を運動のテーマにするのはご自由ですが、それと条約の解釈を混同しないでください。誰もが同じ解釈でないと、条約は使えません。

(貴方がコメンタールを重視したのは)解釈の統一性を重要視したからではなかったのでしょうか。立場立場で勝手な解釈をしてもよいのですか。
 


→ ブログ管理人より
2011/01/09 (Sun) 00:35:35 No-10334613
 まさしく軍民分離を運動のテーマにしています。
 議定書第48条の基本原則には「軍民分離」が含まれていると解釈されるので、「軍民分離」という表現している、と何度も申し上げていますが、それが、なぜ「条約の勝手な解釈」と言われないといけないのか? わかりません。
 改めて申し上げますが、「48条 基本原則」イコール「軍民分離の原則」とは考えていません。
 かみ合わない平行線の議論の繰り返しは非生産で時間の無駄です。私の大切な時間を浪費させることはご容赦ください。
 


→ 矢馬一郎
2011/01/21 (Fri) 00:13:07 No-10400442
遅くなりましたがよろしく。


ブログ管理人様ご意見
 議定書第48条の基本原則には「軍民分離」が含まれていると解釈されるので、「軍民分離」という表現している、と何度も申し上げていますが、それが、なぜ「条約の勝手な解釈」と言われないといけないのか? わかりません。 改めて申し上げますが、「48条 基本原則」イコール「軍民分離の原則」とは考えていません。


矢馬一郎の反論
「48条は『軍民分離の原則』」と主張しておられると思っていました。なぜなら、貴方は、2010/11/20コメントで「ジュネーブ諸条約第1追加議定書第48条に定める基本原則は、『軍民分離』ではなく『軍民区別』ではないかという指摘がありました。⇒引き続き、『軍民分離』の表現を使用します。」と述べていたからです。

貴方の主張が判りにくいのですが、貴方の主張は「58条は軍民分離の原則」ということではありませんか。また、「48条は『軍民分離の原則』」と主張されないのであれば、論議を続ける必要はないことになります。いずれにしても、日本の「無防備地域宣言運動」以外では通用していないと思われる「軍民分離の原則」なる言葉を使う必要があると私は思いませんが。
 


→ ブログ管理人
2011/01/23 (Sun) 02:08:44 No-10412063
論議を終了しましょう。
――スレッド終了――
 




尖閣諸島問題
→ 卍
2010/09/21 (Tue) 00:09:04 No-12857510
中国政府が尖閣諸島の領有権を前提とした主張をもとに、日本に軍事的圧力を含めた、あらゆる
圧力を日本にかけると宣言しておりますが、そのような情勢の下で尼崎市に平和無防備条例を制定する意味はありますでしょうか?
 

→ ブログ管理人
2010/10/16 (Sat) 07:13:39 No-9864564
 はい、あります。
 尼崎市に平和無防備条例を制定する運動は、ジュネーブ諸条約を遵守し住民保護をしようとするものです。
 このことは何度も申し上げているとおりであり、改めて蒸し返して論議する必要を感じません。
 以上、お返事が遅れ失礼いたしました。
 


→ 卍
2010/10/19 (Tue) 07:38:28 No-9881847
ところでブログの更新がほとんどなくなっているように思うのですが、気のせいでしょうか?
この会の運動は継続されているのですか?なんとなく頓挫しているように思えるのですが。
 




ハイチの暴動について
→ 卍
2010/01/26 (Tue) 13:18:20 No-12482234
ハイチで地震が発生し、群集が暴徒と化して、治安が非常に乱れてますよね。
これはハイチの国軍解体が非常に大きく影響していると思いませんか?
それでも無謀時条例を推進されますか?
 

→ ブログ管理人
2010/02/05 (Fri) 08:17:03 No-8286430
 「無謀時条例」とはどういう条例のことをおっしゃっているのか分かりません。
 当会が進めている条例案と、卍さんのおっしゃている「無謀時条例」とは、どのような関係があるのでしょうか。
 ちなみに、当会がすすめる「平和無防備条例」は制定されても、海外のハイチには適用されません。
 なお、私も阪神大震災を体験しましたが暴動は起きませんでした。
 さらにいえば、当会がすすめる「平和無防備条例」は「国軍」(日本では、自衛隊のこと?)を解体することが目的ではないことは、従来から申しあげている通りです。
 当会と関係がない質問はやめてください。
 


→ 卍
2010/02/10 (Wed) 13:40:17 No-8324523
いつも意図的にハイチの現状を無視されますね。
国軍解体が目的でなくとも、無防備条例の行き着く先は、ハイチの現状となんら変わりません。
無関係というのは、あなた方が、無理やり自分たちの主張に不利な現実を無視しているに
過ぎないでしょう。

ハイチの現状が、無防備条例の未来を如実に表しています。

あなたたちのそういった態度や現実を無視した理論が、一般人からは受け入れられないのでしょう。
だから、市議会で否決の連発という現実が見えないのです。
 


→ ブログ管理人
2010/02/13 (Sat) 01:38:50 No-8343372
なぜ意図的に、ハイチの現状を関連づけるのか、全く理解に苦しみます。
ハイチの現状を見ながら、無防備条例を批判することしか言わないことも、よくわかりません。
「現実を無視した理論」?どこがですか?申し訳ありませんが意味不明です。
(なお、ご返答は私の疑問や質問に適切にお願いします。コメント削除の基準に該当する投稿は削除しますので念のため申し添えます。)
 




北朝鮮の核実験
→ 卍
2009/05/25 (Mon) 23:02:10 No-2362862
北朝鮮が再度核実験を行いましたね。やっぱりこの会的には、北朝鮮が核実験を行おうが、ミサイル発射実験を行おうが、仮に尼崎にPAC3を配備することになったら、反対するのですか?

また、会としては、PAC3の配備の許容範囲に関して、たとえ北朝鮮がなにを行おうが、核実験を行おうが、ミサイル発射実験を行おうが、配備を許容する方向に関しては、やはり従来どおり、問答無用で議論する必要はないとお考えですか?

見解を教えてください。よろしくお願いいたします。
 

→ ブログ管理人 Site
2009/05/28 (Thu) 20:22:40 No-5931032
北朝鮮を含めすべての核実験に反対する当会の立場は変わっていません。
当然、今回の北朝鮮の核実験に対しても抗議します!
PAC3の配備についての見解は私が既に詳しく述べているとおりです。
国際人道法の解釈を変更する法的根拠がありません。
当該質問関係はこれで回答完了です。
 


→ 卍
2009/05/29 (Fri) 10:15:38 No-5937541
そうですか。ではもうひとつお聞きしますが、日本に北朝鮮の核弾頭がおちても、配備を許容する方向に関しては、やはり従来どおり、問答無用で議論する必要はないとお考えですか?

見解を教えてください。よろしくお願いいたします。

別に回答を無理強いしているわけではありませんので、お答えいただける場合はお答えください。
 


→ ブログ管理人 Site
2009/05/31 (Sun) 21:39:23 No-5972596
 ジュネーブ諸条約の規定に則れば、なおさら軍民分離の必要性が高まることになります。考え方は既に述べているとおりです。
 


→ 卍
2009/05/31 (Sun) 22:22:22 No-5973410
つまり、北朝鮮の核弾頭が日本に落ちたとしても、日本はジュネーブ条約を守らなければならないということですか?
 


→ ブログ管理人 Site
2009/06/01 (Mon) 00:47:33 No-5976057
当然です。
 


→ 卍
2009/06/09 (Tue) 22:11:42 No-6080207
つまり、”無防備条例推進運動”とは、日本人の生死よりもジュネーブ条約の遵守を優先しようという運動であるということですね。

日本人の生死をジュネーブ条約の遵守より後回しにして、日本にとってなんの意味があるのでしょうか?

軍民分離は市民の生命を守るために行われるのではないのですか?

なにか矛盾してますね。
 


→ 卍
2009/06/17 (Wed) 07:22:28 No-6169602
少し答えにくいこと聞いちゃったかなあ?

まあ無理に答えなくとも、自問自答してもらえればいいですよ。
 


→ ブログ管理人 Site
2009/06/19 (Fri) 08:09:50 No-6192524
 ミサイル配備の件はすでに論議しています。No-4726352
 私の返事は明らかですのでしませんでした。
 


→ 卍
2009/06/19 (Fri) 13:48:22 No-6194500
つまり、この会の目的が、住民保護よりもジュネーブ条約の遵守が優先であるということが明らかであるから、返事はあえてしなかったということでいいですね?

”日本にミサイルが落ちても、ジュネーブ条約を遵守するのが当然である”と。

日本人の生死をジュネーブ条約の遵守より後回しにして、日本にとってなんの意味があるのでしょうか?

国家と自治体が対等であれば、なおさら、国がジュネーブ条約の批准を行おうが、尼崎は独自の判断を行うべきでしょう。

住民の生命と財産の保護が何より最優先されるべきであり、ジュネーブ条約の遵守は2の次であるべきです。

そのような無意味な無防備条例とやらは不要です。
 


→ ブログ管理人 Site
2009/06/20 (Sat) 00:42:51 No-6202199
 貴方はなぜ、ジュネーブ諸条約の目的が住民保護であるという既成事実をねじまげてまで、当会の運動を「日本人の生死よりもジュネーブ条約の遵守を優先しようという運動」と主張されるのでしょうか。
 私はすでに思いつくお返事はしました。
 「日本人の生死よりもジュネーブ条約の遵守を優先している」と主張されるならば、その根拠を具体的に示してください。貴方の主張はすでに、ジュネーブ諸条約について無理解なだけの主張になっています。
 お気を悪くなされたかもしれませんが、私は貴方の名誉を守りたいと思って申し上げていますので、どうかご理解ください。
 貴方はジュネーブ諸条約をどのようにしたいのか、合わせてお返事いただけると、さらに分かりやすいと思います。
 


→ 卍
2009/06/20 (Sat) 02:14:45 No-6202831
”日本人の生死よりもジュネーブ条約の遵守を優先している”の根拠は、すでに述べております。

あなたが”北朝鮮の核弾頭が日本に落ちたとしても、日本はジュネーブ条約を守らなければならないということですか?”という問いに対して、”当然です”と答えたことが根拠です。

日本に核弾頭が落ちようが、日本人がそれにより大量に死のうが、ジュネーブ条約の遵守が優先されるということですよね。また、それがこの会の目的であるということですよね。だからあなたは”当然です”と答えられたのでしょう。
あなたの文章のとおり解釈したまでです。

爆弾が日本に落ちて、日本人が大量に殺傷されてまでジュネーブ条約を遵守することが”住民保護が実現されている”と考える人間は、おそらくそんなにいないでしょうね。

そのような極端な基準で、条例が制定されたのでは、尼崎市民としてはたまったものではありません。

そのような条例は、尼崎には必要ありません。

私はジュネーブ条約をどのようにしたいかという考えはありません。
ただ、あなたが言ったように国と自治体は対等な立場なのだから、国がジュネーブ条約を批准しようが、尼崎は尼崎で独自の判断を行えばよいでしょう。

あなたと私の違いは、おそらく下記のとおりですね。

■あなたは住民保護はジュネーブ条約の遵守により実現できるのだから、ジュネーブ条約は絶対に遵守しなければならない。ジュネーブ条約の遵守が最優先であり、その他の方法による住民保護は、ジュネーブ条約に基づくものでなければ、選択してはならない。

■私は住民保護が最優先と考え、住民保護が実現できるのであれば、ジュネーブ条約に批准しようがしまいが、手段は選ばない。ジュネーブ条約の遵守が住民保護に、必ずしもつながるとは思わない。ジュネーブ条約は、住民保護が行えるのなら、適宜運用すればよく、住民保護上差し支えがあるのであれば、条約違反も吝かではない。

どう考えても、私の方法が住民保護を優先していると考えられるでしょう。
なぜなら、核ミサイルが日本に飛んできたときに、ジュネーブ条約の遵守と、PAC3のどちらが住民を保護する力があるかが明らかだからです。
 


→ ブログ管理人 Site
2009/06/20 (Sat) 08:50:45 No-6204055
 先に質問をされたのは貴方です。私が「当然」と答えたことが質問の根拠にはなりえません。

 貴方は、ジュネーブ諸条約の遵守が住民保護につながらない例外的な事例を問題にしているのでしょうか。
 もしそうであるとしたら、既に No-4731865 の 2)で、私は基本的な考えを述べています。それを無視して主張されているのでしたら、それはまさしく誹謗中傷です。

 なお、もし、核ミサイルが日本に飛んできたときが「例外的な事例」に当たるということを論点にするのであれば、その理由と根拠を示していただいてから論議してください。
 


→ 卍
2009/06/20 (Sat) 20:13:15 No-6209840
”当然”と答えたことが、ジュネーブ条約遵守を住民保護より優先していることの根拠であることは明白です。そうでないのなら、何がそうでないのかを具体的に説明してください。No-4731865 の意見は考慮した上ですので、かってに無視したとされること自体が、あなたの私に対する中傷でしょうね。

「例外的な事例」というのが何をしめすものかはわかりませんが、ミサイルが飛んできたときに住民保護になるのがPAC3か、ジュネーブ条約の遵守であるかは明白であり、PAC3のほうが住民保護上有効と考えられるでしょう。

あなたは核ミサイルが飛んできて、日本人が大量死しても、ジュネーブ条約の遵守をおこなうのは当然と考えているので、日本人の住民保護よりもジュネーブ条約の遵守を優先していることは明らかです。

そのような団体の推し進める条例案である無防備条例は、尼崎には不要です。
 


→ ブログ管理人 Site
2009/06/21 (Sun) 01:05:37 No-6214004
(1)私は「北朝鮮の核弾頭が日本に落ちたとしても、日本はジュネーブ条約を守らなければならないということですか」という質問に対して「当然です」とお返事しましたが、「ジュネーブ条約遵守を住民保護より優先していること」についてそのようにお返事していません。
(2)「例外的な事例」とは「ジュネーブ諸条約の遵守が住民保護につながらない例外的な事例」と明記していますし、No-4731865 の 2)中の「例外的な」と同義であることは明白だと思います。
 


→ 卍
2009/06/22 (Mon) 10:23:25 No-6230661
■.北朝鮮が核ミサイルを発射→日本人大量死→日本人はジュネーブ条約を遵守→北朝鮮はなんら被害なし。→北朝鮮は核で再度日本に脅迫行為→日本ジュネーブ条約を遵守→最初に戻る。

あなたたちがやろうとしていることは、これですよね。どこで住民保護を行うのですか?

このどこに、住民保護よりジュネーブ条約遵守を優先してないと思われる部分があるのか教えてください。

もちろん
■.北朝鮮が核ミサイルを発射→日本人はジュネーブ条約を遵守→神が光臨、神風によってミサイルは日本に着弾せず。日本人の死者ゼロ!!
ジュネーブ条約を遵守すれば、このようになるのなら、話は別ですが。まあ科学的な話ではないですね(笑)
あるいは、ジュネーブ条約を遵守しながら、北朝鮮に核ミサイルで報復するのですか?

”自分たちはそうなると予想していない”というのは、たんなる妄想に過ぎないでしょう。
ミサイルが飛んできたとき、ジュネーブ条約を遵守することで、住民保護が行えると考えられる、もっと説得力のあるシナリオを、あなたが提示していただければ、私も考えを改めますよ。
 


→ ブログ管理人 Site
2009/06/22 (Mon) 21:41:35 No-6237672
 要は、貴方の住民保護論は報復反撃論なのですね。
 貴方の想定には「北朝鮮が核ミサイルを発射」の前がありませんが、どのような想定になるのでしょうか。
 「説得力のあるシナリオ」をご自身が提示しているというのなら、せめて、軍事アナリスト・小川和久氏の「日本の戦争力」などはお読みになってください。
 日本と北朝鮮のように軍事力の差が圧倒的である場合は、軍事的には圧倒的弱者が一回攻撃をして終わりになるでしょう。その場合においても、軍民分離が不徹底であればあるほど住民被害が大きくなる可能性があります。
 申し訳ありませんが、貴方の想定の水準に合わせて時間を使って論議するほど、私は寛容でも暇でもありません。
 以上です。
 


→ 卍
2009/06/22 (Mon) 22:38:33 No-6238790
わかりました。
発射される前の努力も必要だが、発射された場合の努力も必要だというのが私の見解ですが、あなたは発射される前の努力は必要だが、発射された後の努力は必要ないというスタンスですね。

法というのは法を犯したものにリスクを負わせる事ができなければ、なんら意味を持たないでしょう。そのリスクを負わせることが出来るのが、報復であり、これが出来ない法は、なんら意味を持たないでしょう。
無防備条例では、相手に脱法に対するリスクを負わせることは出来ません。

今回の議論で、無防備条例というものが、いかに危険な思想であるかを認識することが出来ました。この点においては私は得をしたと考えています。

理論的な議論が出来ないということでしたら、もちろん返答を行っていただく必要はありません。あなたが持ち合わせる可能な範囲の意見で返答可能な場合のみ返答していただければよいと考えていますので。

それと、ひとつ安心できたことがあります。私のレベルで無防備条例を理解できていないということは、多くの尼崎市民は無防備条例を理解することはないと言うことですね。私のような一般の人間が、理解できないほどの難解なものであれば、多くの人間が無防備条例を受け入れることはないでしょう。実際議会でも否決されてますし。

今後も、私は疑問を感じれば、いくらでも意見を投稿するつもりですが、都合が悪ければ無視していただいてかまいませんのであしからず。
 


→ ブログ管理人 Site
2009/06/23 (Tue) 18:32:56 No-6246994
 簡単に言いますと、日本国憲法やジュネーブ条約(日本も批准)が認めていない「報復攻撃」を想定して、条例を制定することはできません。
 平和無防備条例の主旨は軍民分離の徹底であり、私は一貫して軍民分離の有効性について論議したかったのですが、全くその論議にならず残念でした。
 私も貴方の質問にお返事する意義を感じなければ、お返事いたしませんので、あしからず。
 では今度とも、よろしくお願いいたします。
 






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